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Faucet

respect for youth

for what purpose

この時代にブログを執筆することはナンセンスか?

確かに全ては肯定しがたいが、SNSなどに感情赴くまま”つぶやき”をしていても、ただのポイ捨てに近いことをしてるだけなんじゃないかと思うようになった。

 

 忘備録、アウトプットの場、感情に浸る為。言葉にしてみる。

ブログの公開はする一方、あまり閲覧者の存在を意識しないブログになると思う。

ただ、21歳で今自分は何を考えているかを必要最低限、他者が見て理解できるような文章にしていきたいとは思っている。

 

あと三日坊主問題(笑)。これをどうするか、、。

まあ、ただ気ままに投稿することが醍醐味でもあると思うのであまり気にせずいこうと思う。

 

基本的に自分を取り巻いているのは、仲間、音楽、ユースカルチャー、インターンである。ボーダーレスに色々語ってしまうことになるが容赦いただきたい。

 

21歳のしがない大学生。就活騒動が身近に迫る一方、在学中何を成していくかで頭がいっぱいだ。

散財を繰り返し、小さな挫折も繰り返し。

ただその都度思うことは1年前と大きく変化しているということ。あとムラ社会がそんなに好きじゃないのかもしれない。ダンスフロアでは他人の目を気にせず踊りたいし、美しいモノには浸っていたいし、感情を大切にしたい。てかする。他人の一挙一動にすぐ文句言う奴はFUCK OFFだわ。ぬるいウワベの友情関係とかも多分性に合わない。

こういうこと言う人種って多分社会不適合者に分類されるんだろうけど、それも正直気に食わない。マスカルチャーやメインストリームも肯定したい。現実と非現実の境目がわからず自堕落的な毎日を送りたくもない。

 

実はムラ社会が嫌なのって、そうした自分の中立的立場が起因しているのではないかとも思う。

仮定として、ムラ社会が現実、社会不適合が非現実と置くと、自分はその境目を体の軸として右足と左足が一方ずつ現実と非現実に突っ込んでいる状態。

だからこそ居心地が悪い。右足は熱くて左足は冷たい。

 

こういった感覚は僕ら世代特有のイメージ。(てかすぐ特有さを手にしたがる笑)

 

社会の閉塞感を感じながらも順応していく姿と、社会的リスクを伴いながら美しい希望を求める姿。その狭間で揺れている。

 

いきなり人生の苦しさを吐露してしまったように思えるが、いたって自分はネガティブではない。居心地の悪さを肯定して乗り越えてみたいと思う。
 
ブログの名称は”faucet”だ。蛇口。